河野 崇/KOHNO Takashi

河野 崇 准教授

【研究分野】
バイオ・複雑系分野
【研究領域】
神経形態学的システム、神経システムモデリング
【研究室URL】
http://www.sat.t.u-tokyo.ac.jp/~kohno/

研究内容

当研究室では思考機械の実現を最終目標として、シリコン神経ネットワーク回路を研究しています。ここでの思考機械とは、ヒトの脳のように自律的、ロバストで高度な情報処理能力、特に大量の情報の流れ中から必要なものを能動的に選択し、組み合わせて別の情報へ変換あるいは新しい情報を生成する能力を持つシステムです。このようなシステムを構築するためのひとつのアプローチとして、神経系を模倣したシステム(神経形態学的システム)を目指すという考え方があります。神経系はシナプスを介して互いに結合した多数の神経細胞で構築されています。神経細胞と同等の機能を持つよう設計された電子回路をシリコンニューロン回路と呼びます。これをシリコンシナプス回路を介して神経系と同じように組み合わせて人工的な神経ネットワークを構築し、脳と同じように情報を処理できる機械を実現しようとしています。

このためには、脳における情報処理機構の解明とシステム構築のための技術の確立という難問を解決しなければなりません。脳は古代より解剖学的、20世紀になってからは生理学的、さらに分子生物学的研究の対象となってきました。しかし、これらの研究により際立ったのは脳の複雑さであり、その機能が簡単な統計処理や単純な論理だけで理解できる範囲を越えていると考えられるようになりました。そこで、より複雑で非自明な構造を描出できる手法として、時系列解析や分岐解析などの数理的な手法の重要性が認識され、これらの手法を用いた理論神経科学が生まれました。私たちの研究室の最大の特徴は、このような理論的な手法を積極的に応用することで他研究室では実現不可能な高度な技術を目指す点にあります。研究の柱は、アナログ回路を用いた超低消費電力シリコン神経ネットワーク回路とデジタル演算回路を用いた高速、大規模シリコン神経ネットワーク回路ですが、いずれにおいても非線形数学を応用した独自の設計手法を用いることにより、神経細胞やシナプスの多彩な電気活動を効率よく回路実装することに成功しています。

アナログシリコン神経ネットワーク

アナログ回路ではトランジスタやキャパシタの物理特性を用いることができるため少ないトランジスタ数で回路を構築できること、MOSFETをサブシレッショルド領域で使用することにより超低消費電力化できるという利点があります。また、物理ノイズが存在することも重要です。脳神経系において物理ノイズを利用した情報処理が行われている可能性が示唆されており、真の意味での脳神経模倣システムを実現するために必要な要素と考えられるからです。当研究室では、独自の設計手法を用いて神経発火のメカニズムを継承したシリコンニューロン回路を数nWの消費電力で動作させることに成功しています。約1000個のシリコンシナプス回路を含めて10nW未満で動作する回路が視野に入っています。この数字は、将来大脳と同等のネットワークが実現した場合、現在の高性能CPUと同等の100W程度の消費電力ですむことを意味しています。

デジタルシリコン神経ネットワーク回路

デジタル回路技術は進歩しつづけており、神経モデルの数値積分を比較的低い消費電力で高速に実行できるようになってきました。2014年にIBMが発表したTrueNorthチップは低電力ロジック回路と非同期回路技術を組み合わせ、極端に簡略化した神経モデルを採用することで100万ニューロンのシステムを100mWを大きく下回る消費電力で実現しました。これは大脳と同規模のシステムを1KW未満で実現できる計算ですが、シナプス結合が積和演算のみで表現されているなど時空間パターンの効率的処理に必要な特性が省かれており、人工ニューラルネットワークと同等の計算能力しかないことが予想されます。当研究室では理論神経科学の立場にたち、極端な簡略化をせず効率的に実行できるモデルを構築してFPGAチップ上で動作させています。例えば、数万円で購入できる評価ボードを用いて、神経系の約40倍の速度で動作する256ニューロンの全結合ネットワークを実現し、ヘブ学習による連想記憶メモリが想起パターンと想起の確度を同時にコードできることを示しました。神経細胞モデルやシナプスモデルのダイナミクスを積極的に応用したより高度な神経ネットワークモデルについて、ロボット制御などへの応用を目指して研究を進めています。

学生へのメッセージ

シリコン神経ネットワークは脳神経科学の一分野でもあり、多分野横断的知識・理解が重要な意味を持ちます。例えば指導教員は現役医師として診療活動を行いながら、電子回路設計と非線形数学のバックグラウンドを持って研究をしています。複数分野の知識を結びつけることにより、構築と解析との両方の立場から研究を進めることで初めて、脳と同等のシステムが実現できると考えています。当研究室では、一つの分野に閉じこもらず新しい知識を貪欲に求める人を歓迎します。是非いっしょに研究しましょう!

図1:モデル構築からVLSI試作、動作検証まで一貫した研究体制
図2:自律バースト発火モードを備えたシリコンニューロンチップ
図3:デジタルシリコン神経ネットワークによる連想記憶メモリ